トラックスーツには遺伝的・記号論的な突然変異を繰り返してきた長い歴史があります。スポーツを起源とするトラックスーツは、軽快に動けるウェアとして誕生しました。1970年代から80年代にかけて、スポーツウェアとカジュアルウェアが融合したものとみなされていたこのパンツとトップのセットアップが、ジョギングの流行という社会現象によって表舞台に出てきます。当時人々は、快適で健康的というこのアイテム本来のコンセプトに基づいて進化したトラックスーツを着用して、あらゆるところを走りました。さらに、映画界に初のトラックスーツ姿の主役、ロッキー・バルボアが登場。その後も、映画『天国から来たチャンピオン』でウォーレン・ベイティが演じたジョー・ペンドルトンも、グレーのジャージーを着た典型的なスーパーヒーローとして描かれました。一方、フィットネスやエアロビクスを楽しむためのVHSビデオに華々しく登場したのがジェーン・フォンダ。彼女によってこの新しいライフスタイル・ルックの浸透に拍車がかかります。
1984年に開催されたロサンゼルス・オリンピックは、米国の筋肉至上主義を世界中に広めるものとなりました。金メダルを獲得したアスリートたちはセレブとなり、まさにコミックの世界におけるスーパーマンであり、ニーチェが言うところの「超人」となったのです。現在ではさまざまなカラーやデザインが考案されているトラックスーツは、「秀でた人々のためのウェア」というイメージとともに重要な地位を占めるようになります。ポップメディアカルチャーにおいても、半ば神格化されたと言えるかもしれません。トラックスーツは、オリンピックで9個の金メダルを獲得し「the son of the wind」と評された陸上競技選手のカール・ルイス、長く伸ばした爪に鮮やかなマニキュアで颯爽と登場し、若くしてこの世を去った今なお100mと200mの世界記録保持者であるフローレンス・グリフィス=ジョイナー、プロバスケットボールのレジェンド、マイケル・ジョーダンらに愛用されました。
これが世界のさまざまな場所、音楽や文化的なシーンにおいてトラックスーツが増殖することとなる、スターティングポイントです。アスペンやサンモリッツで休日を過ごすジェットセッターのテクノ志向の美意識から生まれたのが、蛍光色のナイロンシェルを使用したトラックスーツ。ハイエンドなタッチで飾られリラックス感のある心地良さを謳っています。
一方、アメリカの東海岸から西海岸まで広がるヒップホップ帝国に支配されたストリートでは、誰もが着ることのできる民主的な第二の皮膚として、ベロアやトリアセテートを使用したトラックスーツが人気を博しています。
シンボル性とカスタマイゼーションを誇るようになったトラックスーツは、個人主義につながる、あるいは集団や音楽のムーブメントに属するルックになっていきました。ビースティ・ボーイズは、トラックスーツに定番のジーンズとスタッズ付きレザージャケットを組み合わせて着用。また、ステッツァソニックの場合は全員で完璧にコーディネートする一方、エリックB&ラキムはダッパー・ダンのタッチを効かせた彼らならではのトラックスーツを着ていました。
1990年代にはマフィアが、トラックスーツをさり気ないパワーのシンボルへと変貌させました。1980年代の仕立てのよいスーツとは対照的なそのスタイルは、米国の人気テレビシリーズ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』にも登場しています。グッチのトラックスーツは、こうしたヒップホップスターやマフィアのボスたちを超え、テクニカルジャージーにブランドを象徴するGGパターンをあしらったアイコニックなツーピースのカジュアルスーツに新たなオマージュを捧げています。
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